CREATIVE MUSEUM TOKYO(CMT)で開催中、絵本作家・イラストレーターとして活躍するヨシタケシンスケさんの展覧会「ヨシタケシンスケ展かもしれない」。 3年前に東京からスタートした全国巡回中の展覧会が、東京に帰ってきました。描きためたスケッチや絵本原画や、体験型展示、オリジナルグッズなど「たっぷり増量」した展覧会の見どころをヨシタケさんに聞きました。

ヨシタケシンスケさん インタビュー の画像

――新しくできたぶら下がることのできる「つり輪の森」など子どもから大人まで遊べる体験型展示もあって家族で楽しめますね

絵本の中で自分が言いたかったことを、見るだけでなく、五感を使って感じたり考えたりするきっかけになる展示を作れたらいいな、とずっと思っていました。
今回の展覧会は、3年前に世田谷文学館からスタートし全国巡回中なのですが、最初はコロナ禍の影響で、接触するような展示は難しかったのですが、今回は絵を見に来たつもりが体の節々が痛くなるような展示をしたいと言いました。たとえば、絵本『あつかったら ぬげばいい』に、「おとなでいるのにつかれたら あしのうらをじめんからはなせばいい」という言葉が出てくるんですが、それを体験できるようにしたのが「つり輪の森」です。

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つり輪にぶら下がるヨシタケさん 撮影:高橋宗正

――ぶら下がってみましたが楽しかったです! これまでの展示に無かった、自分だけのおまじないが作れるマシーンもありましたが、これもシュールですね。

『ちょっぴりながもちするそうです』という絵本の中で創作したおまじないをたくさん紹介しました。エビデンスだ、証拠だと何でも求められる世の中になっていますが、人を幸せにするいい加減な情報っていうのは、あってもいいんじゃないかという思いからでした。 絵本のためのおまじないを考えるのがすごく楽しかったので、実際におまじないを作るマシーンをつくって体験できるようにしました。ちなみに、自分も今日やってみたら「歯ブラシを枕の下に入れるといいことがある」というおまじないが出てきました(笑)。

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新展示「あなただけのおまじないコンピューター」 撮影:高橋宗正

――今回の展示で来場者に楽しんでほしいポイントはどこでしょうか?

絵本でも同じですが、小さい頃の自分が、「こういうのがあったらよかったな」と思うようなものを作りたいと思っています。「大人が見ても面白い展覧会でした」と言ってもらえたらうれしいですね。

――7500枚以上のスケッチの複製を圧巻のインスタレーションとして展示しています。スケッチはどのような時に思い浮かぶんでしょうか?

元々僕はネガティブで、すぐ落ち込んで生きてるのがイヤになっちゃう。スケッチには楽しいことがいっぱい描いてあるから「生きてて楽しいでしょ」って言われますが、逆です。毎日楽しければあんなに描きません。スケッチは「こう考えると面白いんじゃないか」と自分を励まして面白がらせようとした記録なんです。他の人に見せるために描いたものではありませんが、お客さんに喜んでもらえる可能性があるなら秘密にする必要はないかなと。
誰かの走りがきを見るのが好きなんです。ボールペン売り場の試し書きコーナーで、うっかり自分の名前を書き始めて慌てて消した痕とか、電話で話しながらくるくる描いたメモとか。僕自身、誰かがなんとなく描いてしまったものを見たいという欲があるんで、逆に自分のほうも見せるつもりもなく描いたスケッチをいっぱい貼ったら面白いかもと思いました。

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これまでの会場の約3倍、たっぷり増量した7,500枚以上のスケッチ 撮影:高橋宗正

――スケッチの壁の展示はヨシタケさんの頭の中をのぞいていることになりますね

作家さんによっては嫌がるひともいますが、僕は作品として整理される前の状態の走りがきやらくがきも表現の一つと考えています。

――スケッチは 20年分以上と聞きました。

皮表紙の手帳のリフィルを入れ替えながら毎日持ち歩いて描いてきました。展示もしていますが、ファイルは95冊くらいになっています。

――手帳は小さいんですね。イラストレーターになる前から描いていたんでしょうか?

はい、周りにばれないように手で隠せるサイズで。だからいまだに絵を大きく描けません(笑)。

――子どもの頃から絵を描くのがお好きだったんですか?

2つ上の姉が絵が上手で、とてもかなわなかったので嫌いでしたね。ただ、工作だけは好きで、母親も一生懸命褒めてくれました。それが嬉しくて、将来はものを作る人になりたいとは思っていました。 理想は、外から注文があって言われた通りできる大工さんや職人さんで、「表現者」とは違う。表現者は、ギターを弾いて「俺の曲を聴いてくれ!」みたいな人がなるのであって、言いたいことも言うべきことも持っていない自分は、一番遠い人間だと思っていました。 元々言いたいことがない代わりに、いただいたお題にちゃんと答えることはずっとやってきました。ところが、12年前に「本を描いてみませんか」と言われたのがきっかけで、結果的に今のような生活になっています。 思った以上に「表現」の世界って、奥行きと幅がある優しい世界だなと実感しています。

――作品はこども心を忘れていないからできるのでしょうか

忘れないように心がけていたわけではなく、「おとな心」に慣れていないだけです。51歳になりますが、周りの人を見るたびに「おとなって偉いな」と自然な感想として頭に浮かびます。 絵本作家としての仕事は、こどもっぽさを活かすことができるので、運がよかったな、ありがたいなという一言です。

――本をたくさん出してきて、なにか気づきはありましたか。

驚いたことがふたつあります。ひとつは、本のなかで表現している「弱さ」や「至らなさ」という部分が、たくさんの人の中にあるということです。 弱音ばっかり吐くとか、できないことがたくさんあるとか、割とたくさんの方が「自分もそう」とおっしゃってくださいます。 ちゃんとしたおとなをしている人でも、みんな弱さを持ってるっていうのは新鮮な発見でした。
もう一つは、自分がアップデートできていない部分が仕事になっていることですね。自分のネガティブさが人を喜ばせることができるとは思わなかった。 こどもの頃の自分に「世界が怖いだろうし、自分のことも嫌いだろうけど、そんな感情が誰かを喜ばせたりすることもあるんだぜ」って教えてあげたいです。

――2人のお子さんの育児体験は仕事に影響していますか?

こどもの頃好きだったような本を作りたいという思いだけだと、商品として受け入れられない形になっちゃう可能性がありますよね。 小さい頃自分が好きだったこと、知りたかったこと、怖かったことを、自分のこどもたちも同じ風に感じていたりするのを見て、ニーズを再確認することが多いです。 一方で、それは自分はやらなかったな、やっぱり違う人間だよな、っていう発見もあります。親子だからこそ分かりあえないこともいっぱいあるというのも分かりました。

――ヨシタケさんの絵本には哲学的な要素も感じます。意図的に盛り込んでいるんでしょうか?

哲学は全然知らないし勉強したいとも思わないんですが、「人間あるある」というか、人間がものごとをどう認識して、どうやって心にしまっていくのかということはずっと考えてきました。
絵本を作るときには取材をしないルールにしています。鏡に映っている自分を見るだけでも不思議なことはたくさんある。 外に出て世界の広さを感じたいかとか全く思わないんです。自分の頭の中にあることだけを突き詰めてどうにかしようとするから、みなさんが「哲学的」と思ってくださるような形になるのかもしれません。
昔と比べて今はさらに外へ向かう興味が減ってて、「大丈夫なの?」と思う一方、このまま興味が減って本当にインプットしない人間になったら最後に残る興味はなんなのか、という問題に関心があります。 衰えていく自分が高齢者の方向けの絵本を描けないか、そういう本をこどもは果たして面白いと思うのか、そういうところにも興味がありますね。

――ヨシタケさんはSNSをやらないそうですね。

使い方もほとんどわかりません。ネガティブな反応にばかり目がいっちゃう性格なので、自分の仕事の評判は見ないようにしています。展覧会の会場にお客さんが入ってる様子すら1回も見てない。 「あー、あそこ見てほしいのに素通りされちゃった」とか、悪いことばっかり探しちゃうと思うんで…。成功したかどうかは、次の仕事の依頼が来るかどうかで判断しています。

――アイデアが浮かばなくて悩むことはありますか?

色んなことを考えてずっとニヤニヤできるから、それはないかな。 たとえば今は、何にも興味がなくなった時にどうなるんだろうかという興味とか、もしかしたら自分はこれから転落して晩節を汚してしまうんじゃないか、といった興味とか(笑)。 生涯が表現になると面白いですよね。「最初はいいこと言ってたけど、だんだんおかしくなってきたぞ」とか、なんか人間らしいじゃないですか。 弱さもひっくるめた人間らしさみたいなものを見つめて、「そういうことってあるよね」って面白がり続けたい。
自分は、その時その時の出来事を作品にする作家だということが最近分かってきました。自分が変化するからネタは尽きないですよね。 ちっちゃい時は、おしっこ漏れるよね、ひっかかるよねとか、こどもたちの独立が見えてきたら自分の元からはいなくなっちゃうんだよねとか。 最近は10年後20年後の自分に向けて描くというミッションも出てきて、元気だったとき自分はこういう風に考えていたんだという記録が残せれば意義があるんじゃないかとも思っています。

――今回の会場で抱いた感想はありますか?

こんな大きなところで大丈夫かなと心配していましたが、展覧会を作るみなさんが身を削って準備をしていただいて、結果オーライでした。 絵本は、同じものですが読み終わった時に違う見え方になっているというか、価値観をシャッフルするというか、そういう体験をしてほしいと思って作っています。会場でもグッズでもそれは同じ思いです。 たとえば、ある絵やことばがプリントされていることで「そういう風に言われると、違うものに見えてくるな」とか、ものの持つ本来の意味合いが変わるのではないかという意識でデザインしました。

――入口に描き下ろしのCMTのロゴの絵がありますが、笑顔じゃないんですよね

実は絵本の中でも笑顔は少ないんですよ。親としてこどもに接していると、テレビとかでみるほど親も子もあんまり笑わないなって気付いて。 だから笑顔っていうのをちゃんと正解の比率で描きたいと思ったんですね。 笑顔を描くのは簡単だけど、ニコニコした絵をみたら、「私はそんなに笑顔を見せてないけど、何か間違っているのかな?」と傷つく人もいると思うんですよね。 「楽しむために生きてるんだ」みたいなことを言われると、イラっとする人もいる。笑顔じゃなくても、幸せは表現できると思っています。

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CREATIVE MUSEUM TOKYOのロゴとヨシタケさんのコラボレーション 撮影:高橋宗正

――それであんなにニュートラルな表情の絵になる……

家に帰れば父親の顔だったり職場にいれば上司の顔だったり、みなさんしているんでしょうが、実は通勤途中の電車の中とかが、ニュートラルな顔だったりする。 どの役割も背負ってない、1番油断してる顔がその人の1番本当に近いんでしょうね。

――最後に見どころやこだわりポイントを教えてください。

40歳になって初めて絵本を作った人が、こんなに大きな展覧会を開けたということを見てほしいです。こどもの頃、何の夢もなかったけど、だからこそ叶う夢みたいなのがあるんだって思ってもらえれば。 世の中には記憶に残らず消えていってしまう、何の得にもならないけど面白かったりすることがある。それをどう表現できるかずっと考えてきました。そういった部分にも思いを馳せてもらえるとうれしいです。


開催概要

会  期
2025年3月20日(木・祝)~6月3日(火)
  • ※会期中無休
  • ※5月3日(土・祝)~6日(火・休)、5月31日(土)、6月1日(日)は日時指定制
会  場
CREATIVE MUSEUM TOKYO
東京都中央区京橋1-7-1 TODA BUILDING 6階
開館時間
10時~18時
  • ※毎週土・日曜および祝休日は9時から開館
  • ※毎週金・土曜および5月4日(日・祝)・5日(月・祝)は20時まで開館
  • ※最終入場は閉館の30分前まで
主  催
朝日新聞社、白泉社、CREATIVE MUSEUM TOKYO
協  力
アリス館、KADOKAWA、集英社、筑摩書房、PHP研究所、ブロンズ新社、ポプラ社、 光村図書出版
協  賛
味の素株式会社、花王株式会社
後  援
TOKYO MX
グラフィック
デザイン
大島依提亜
会場構成
五十嵐瑠衣
お問い合わせ
050-5541-8600(ハローダイヤル)

ヨシタケ飲食店かもしれない

老若男女が楽しめる「ファミリーレストラン」をテーマにした、ヨシタケさんの世界観を感じることのできるテーマカフェ。

営業時間
11:00~20:00
  • ※毎週土・日曜および祝休日は10時から営業
  • ※毎週金・土曜および5月4日(日・祝)・5日(月・祝)は22時まで営業
  • ※ラストオーダーはフード:営業終了の60分前 / ドリンク:営業終了の30分前まで
  • ※イベント等により営業時間が変更になる場合がございます。